SCIフォーラム インタビュー【豊岡 敬子】

豊岡 敬子(とよおか けいこ)

一般社団法人ワークライフバランス東海 会員
愛知県名古屋市生まれ。1991年帝国データバンク入社。その後、人と働く場をつなぐ仕事をしたいと、人材関連及び広告代理店へ。仕事と育児・家庭の両立、将来について考える機会があり、キャリア支援に従事。2012年にパートナーががんになったことをきっかけに、自分や家族の病気や介護を抱えながら働き続ける必要があると実感、支援をしていきたいと、独立。国家資格キャリアコンサルタント。

会社の倒産を知らされた方々を前に、何もできなかった。働くとはなんだろうか

――豊岡さんのこれまでのお仕事や活動をお聞かせください

豊岡 私は大学を卒業してすぐに入った会社が帝国データバンクという信用調査機関で、なんと入社したタイミングでバブルが崩壊した年だったのです。私自身は商社や金融機関にその信用情報を買ってもらうための営業をしていましたが、バブル崩壊後だったのでとても多くの倒産件数を目の当たりにしました。

日々の新聞の一面が大型倒産を伝える中で、衝撃的だった出来事がありました。
先輩と丸の内にある会社に行った時のこと。その会社は4日ほど前に銀行取引停止になり、私たちが行ったその日は、ちょうど倒産確定の日だったのです。

200人ぐらいのフロアでしたが、皆さん何気なく仕事をしていましたが、私たちが来たのを不審に思い「なぜ来たのか」と聞かれました。経緯をお話ししたら、そこから一気に情報が伝達されフロアはパニックに陥りました。皆さんが動揺されている中、「私たちは、一体これからどうしたらいいのですか?」という問いに、私は何も答えることができませんでした。

その時に『働くとは、何だろう』そう感じたのが、今に繋がっています。

それからは、働く場という二点をつなぎたいと、人材関連にわたってきたという経緯です。

自分の病気、家族の病気、自分の親の介護、そして子どものケアというところを抱えながら仕事をする人はどんどん増える

豊岡 今の活動の中心である『ワークライフバランス』というテーマに繋がったきっかけが、7年前に夫が食道がんになったことです。それまでは、子育てと仕事の両立というベースで考えていたのですが、一家の大黒柱が癌になり手術となって前提が変わりました。私は、「手術で食道を取っても、何とかそのまま元の生活に戻るものだろう」という期待を持っていましたが、実際には術後に転移が見つかり、その後、抗がん治療に入りました。結局5カ月もの間、休職することとなりました。

おかげさまで今は元気ですが、実は目に見えない中途障害が残っています。現在、喉元に胃が付いている状態なので、日常でもご飯を食べるのは、とても苦労しているようです。夫婦で結婚記念日のディナーを行くのは、夫は前菜でおなががいっぱいになってしまうため、行くのがためらわれるのが実際ですね。

豊岡 そのように失うものが色々とあったのですが、得られるものもありました。その中で一番大きかったのは、今後多くの方が直面する『自分の病気、家族の病気、そして自分の親の介護、そして子どものケアというところを抱えながら仕事をする』ということの一部を実際に経験できたことです。

これから日本が高齢化社会になっていく段階で、こういう人たちがどんどん増えていくことは間違いありません。こうした環境改善に何か関わることができないだろうかと思ったことで、ワークライフバランスの活動に参加をするようになりました。

組織の構成員の状態を把握できないまま、あるとき突然、欠けてしまう

――そのような病気や介護、子育ても含めて、社会や組織は個人の問題だと捉えがちです。今まで活動されてきている中で、個人の問題ではなく社会の問題であるということが何か分かるような事例などありますか。

豊岡 人口が高齢化に転換をしてきたというところがとても大きいと思っています。プライベートな事情は、高度成長期においては、個人の課題だと済まされてきましたが、日本全体が年を取ってきて、誰もが人ごとではないくらい自分の周りで起こるような状況になってきていると感じています。

特に日本の従業員の平均年齢が愛知県で45歳(全国で46歳)だそうですが、従業員の平均年齢が40歳以上になれば、自ずと体のどこかが悪くなってくるというような年齢です。また、親も高齢者の部類に入ってくる時期。そんな中で多くの企業が、抱えている従業員の課題(体の不調や家族のことなど)をもっと知っておかなければ、組織の構成員がどのような状態になっているかも把握できないまま、あるとき突然構成員が欠けるという状況がやってくるのです。

そのためにはまずやはり企業が自社の状況について把握をするとともに、社会の大きなトレンドと照らし合わせながら、持続性のある組織体づくりをしていってほしいという思いがあります。

自分の人生を生きながら他と関わっていくロールモデルを若い方にも見せていく

――愛知は有効求人倍率も非常に高く、採用も非常に難しい現状があります。そんな中で、働いている方が現場から抜けていくということは、企業の持続性に危険信号が灯っている状況ではないかと感じます。

豊岡 おっしゃるとおりです。そのような方が就業を継続できないまま去っていくと、若い方はそれを将来像と捉えてしまう傾向があり、その面でもとても危惧しています。私たち中高年はいろいろなことがあったとしても、自分の人生を生きながら他と関わっていくロールモデルとなり、若い方にも示していくのが一つ役割ではないかと感じています。

――豊岡さんから見て、この中部・東海地域特有の問題や課題はありますか。

豊岡 この地域でいいますと、やはり従業員の構成比率を見たときに男性が多いということ、そしてその方々の中にも地方から就業のため移住してきた男性の比率も高い、というところを感じています。

――それがどのようなリスクにつながると考えますか。

豊岡 自分の社会や生活とのつながりが薄く、仕事さえしていれば今まで何とかなってきたという方が多い中で、生活への意識がどうしても薄いというように思います。仕事と家庭が分断しがちな点を、とても懸念しています。

規制の部分からのアプローチではなく、もう少し先の未来から考えて

――今回SCIフォーラムに関わるにあたって、期待すること、あるいはここの活動を通じて何かしていきたいことはありますか。

豊岡 最近では『働き方改革』というテーマで企業は動いていますが、まずは長時間労働の削減、有給休暇の取得というところに目が向いています。ですが、それだけでは企業の持続性は担保できないと考えています。

企業が存続して、かつ発展をしていくためには、規制の部分からのアプローチではなく、もう少し先の未来から現在を考えていくことがとても重要です。

「自社の把握」「自分の把握」をすると、社会とのつながりがみえる

――参加する企業の皆さんには、どのような視点を期待しますか?

豊岡 まずは、自社のことを見てほしいです。他社事例の習得だけではなく、自社の中でどう活かしていくのかが難しいのです。皆さんセミナーだけお聞きになって、何となく情報だけを聞いて満足しがちですが、前提条件が異なる以上、やはり自社の把握をし、自社に合うように調整するということがとても大切だと感じています。組織の状態はもちろん、従業員個人も「自分の状態把握」というところも併せて進めていくことによって、自分と会社のつながりについても、あらためて確かめていくことができます。そして、その先には社会への延長がありつながりを持って生きていく、つながりを持って活動していくというところを大切にしてもらいたいと願っています。

(インタビュアー:中島幸志)